阪神ジェットカーの一時代を築いた「電機子チョッパ車」が、ついに今年度を以て全廃されました。最盛期には全ジェットカー76両のうち30両がチョッパ車で占められた時期もありましたが、昨今ではインバータ車両に代替が進んでいたのはご存知の通りです。本稿では、そんなジェットカーのチョッパ車について総括してみたいと思います。
阪神電車におけるチョッパ車のあゆみ
1970年代に急速に進歩した半導体技術の導入によって、従来の抵抗制御方式に代わる電車の制御方式として、サイリスタ・チョッパ方式が注目されていました。この方式では従来の制御器の機構的な諸問題、すなわちカム軸制御における接点メンテナンスの省力化や、制御回路に組み込まれた抵抗器からの排熱や電流ロスを大幅に軽減できる省エネ効果が期待されました。
阪神電車では1970(昭和45)年に急行用として国内初の営業用サイリスタ・チョッパ制御車両「7101・7001形」を登場させましたが、技術的な制約から力行専用とされ、本格的なチョッパ車の登場が待たれる状況でした。一方、初期に製造されたジェットカーの代替新造が1977(昭和52)年から始まり、短い駅間を走り高頻度に加速・減速を繰り返すジェットカーでは、電力回生ブレーキにより大きな省エネ効果が期待できる見通しとなったことから、それまでの抵抗制御方式からチョッパ制御に移行することとなりました。
在来車改造による先行投入
急行系チョッパ車は新造でしたが、ジェットカーのそれは慎重を期し、まずは1980(昭和55)年に在来車の改造によるチョッパ車が導入されることになりました。当時、車両需給の関係で単車走行性能が不要になった5151形2両と5311形4両に白羽の矢が当たり、制御装置をチョッパ方式に改造して2連固定編成とされたのです。併せて冷房化や各部の改修も行われています。
チョッパ制御装置は東芝製BS-470-Aと三菱電機製CFM-108-15-RHが並行して採用され、「東芝=十(10)」「三菱=3」という語呂から、形式の100位が1の5151形には東芝が、同じく100位が3の5311形には三菱電機がそれぞれ装備されたそうです。
東芝製チョッパ制御装置を先行的に搭載した5151形5151-5152。(姫島)
三菱電機製チョッパ制御装置を先行的に搭載した5311形5311~5314。(野田~福島)
5311形の走行音(5314号車・住吉→岩屋/提供:silky_jetさん) ※旧タイプ(2シリンダ型)のドアエンジンの音が聞ける。
量産型チョッパ車の登場
運用開始した5151形、5311形は30%を超える回生効率を発揮するなど成績も良好で、翌1981(昭和56)年には東芝製チョッパ装置を搭載した5「1」31形、同じく三菱電機製機器搭載の5「3」31形が相次いで新造され、5131形は5131~5144の7ユニット14両、5331形が5331~5340の5ユニット10両の陣容となり、非冷房で残っていた5231形24両を代替しました。
両形式は直前まで増備されていた新5001形と同様のの鋼製19m片運転台・両開き三扉d1D3D3D2の窓配置で、回生ブレーキ使用のため各車両の運転台側にパンタグラフ1基を搭載。台車と主電動機は5231形から転用されました。
登場当時の5131形5134。固定編成となる以前の姿で、大阪方には新5001形を連結している。(西灘)
固定編成改造を控え、連番で編成を組んだ5331形5334~5331(左)。5131形共々、運転台上にPT48パンタを搭載していた。(千船)
1987(昭和62)年に駅務機器がオンライン化され、従来は深夜帯に自動改札を開放して車内改札を実施するため2連だった普通列車が終日4連化されました。そのため、5001形以降のジェットカーは連番で4連固定編成となり、中間の運転台を撤去して客室化する改造工事が1988(昭和63)年から1991(平成3)年にかけて実施されました。この改造により、電動式行先表示装置の新設や前頭部の貫通幌、ジャンパ栓納の撤去が行われ、表情が変化しました。また回生ブレーキのため各車に搭載されていたパンタグラフは半減され、2・4号車に残存。4号車のパンタは大阪寄りに移設されました。
固定編成化以降の変化としては、1989(平成元)年以降の改造車では運転台直後の冷房装置を阪神標準のMAU-13Hから運転室も空調可能なCU-10Hに変更(在来車も交換)、1994(平成6)年頃から中間M2、M3車神戸寄りに車いすスペースを設置しています。室内灯カバーや座席モケットの更新も始められましたが、全車には及びませんでした。
固定編成改造された5131形5138~5135。初期に改造された編成は、パンタ撤去跡に設置された冷房装置がMAU-13Hであった(後にCU-10Hに交換)。(野田~福島)
後期に固定編成改造された5131形5139~5142。前頭部の冷房装置は当初からCU-10Hである。(香櫨園)
震災被災によりペアがいなくなった5131形5143-5144は、最後は5311形5313-5314と組成され、他車よりひと足早く5311形と同時に廃車された。(出来島)
5331形5338-5337は阪神大震災で被災し廃車された。(西宮)
5131形・5331形各部
運転台が撤去され客室化されたM2~M3車の連結部(5132-5133)。(住吉)
5131形の運転台。列車種類選別装置は従前のダイヤル式からボタン選択式に更新されている。
5131形の客室内。えんじ色シートに緑ドット模様の壁面デコラ、緑色の塗床と、新5001形以降、ジェットカーの標準的な内装である。
5131形の主制御器は東芝製チョッパ制御装置BS-470-A
5131形の走行音(5134号車・千船→尼崎/提供:silky_jetさん)
5331形の主制御器は三菱電機製チョッパ制御装置CFM-108-15-RH(提供:snowlavitさん)
5331形の走行音(5334号車・野田→千船/提供:silky_jetさん)※5131形とチョッパ音が微妙に異なっている。
5131、5331形の台車はいずれも住友金属製FS-343(車輪径762mm)。5231形から転用されたペデスタル軸受け、オールコイルバネ台車で主電動機はTDK-814-B(75kw)、歯数比は74:13(5.69)、軸距2,100mm。
5131形の走行音(5131号車・岩屋→御影/提供:silky_jetさん)
電機子チョッパ車の終焉
先行試作5151形は1995(平成7)年の阪神大震災で被災し廃車され、5311形も1999(平成11)年に5311-5312が、2010(平成22)年に5313-5314がそれぞれ廃車となりました。
残った5131形と5331形も、近年はチョッパ制御装置の電子部品が調達困難となり、故障も頻発したことから先輩格の抵抗制御車5001形に先んじて廃車が始まり、5331形は2017(平成29)年に全廃、残った5131形も2019(令和元)年度を以て全車廃車となり、阪神ジェットカーにおけるチョッパ制御車の歴史に終止符が打たれたのです。
最後まで残った5131形5131~5134はまさに満身創痍、故障しては修理・復帰を繰り返し、ファンをやきもきさせた末の引退でしたが、引退目前の1月から始まった前灯昼間点灯は、一時代を築いた青胴チョッパ車の引退に花を添えた感がありました。
阪神ジェットカー最後のチョッパ車となった5131形5131~5134。前灯のLED化、”ギュッとマーク”が貼られた再末期の姿。引退直前は前灯点灯も。(姫島)