昨年末に尼崎「山の上のヌシ」だった救援車110号がひっそりと引退しましたが、阪神電車にはもう一両、救援車がいたことをご存知でしょうか。シリーズ第二弾でいきなりマイナーな車両のご紹介となりますがご容赦を。
石屋川車庫の引上線末端に常駐していた救援車155形155号。傍らを新造間もない8000系8217-8218が通過する(播磨観光タクシー様ご提供)
神戸高速線対応で生まれた救援車
1968(昭和43)年、それまで神戸市内に分散していた私鉄ターミナルを地下線で連絡する「神戸高速鉄道」が開業しました。営業区間の延伸に伴い、従前の救援車(当時は旧型車改造の153号があった)に加えて、2両目の救援車として同年に登場したのが155形155号です。
155形形式図(「日本民営鉄道車両形式図集・下編」鉄道図書刊行会より)
石屋川駅のホームから間近に眺められた155形。屋根上にはグロベンが二つ、上図と比べパンタグラフが下枠交差式に(1989年)
横引き引違い窓が目立つ155形のサイドビュー。戦前以来のえんじ色の車体塗色は、本形式が最後となった(1989年)
155形は7801形など当時の営業車両とほぼ同じ19m級車体を有しており、何といってもその特徴は、狭隘な地下トンネル内での列車脱線事故に対応するため、前後の妻面に大型の扉を設け、それぞれに荷卸し用のパワーゲートを備えていたことです。車体は窓の少ない貨車然とした外観で、両側面の各二か所には幅2,000mmの窓のない両引扉に、側窓は鉄道車両としては珍しく左右引き違い窓。屋上にはひし形のPT-11パンタグラフとグローブベンチレータ2基が設置されていました。製造所は武庫川車両工業で、塗色は当時の事業用車両標準のえんじ色でした。
なお、阪急の救援車4050形や山陽の1500号救援車も妻面に大型開口部を有しており、同様の事態を想定した車両であったことが伺えますが、後に登場した阪神の救援車110号には通常の貫通路しかなく、地下線内での使用は重視されていなかったのかもしれません。
阪神155形と同様に、前面に幅広の引戸を設けた山陽1500号(1991年)
高性能な救援車、由来は3011形発生品
155形の走行関係機器は3011形の仕様統一や2両ユニット化工事で発生したものを使用したため、台車は東芝製の直角カルダン台車TT-6、主制御器はPE-15-C-Hを使用。ブレーキはHSC直通、電動発電機はMG-209S、空気圧縮機はM-20Dを搭載していました。ちなみに、発生品とはいえこれほど高性能な救援車は、当時としては類例を見ないものでした。
登場以降、石屋川車庫引上線の末端部に常駐して、末期にパンタグラフが下枠交差式のPT-48に換装された以外はほとんど変化がありませんでした。出動機会が皆無だったこともあり、老朽化により1992年に代替されることもなく廃車となりました。
石屋川車庫公開イベントで展示された155形。パワーゲートが阪神タイガースよろしくトラ塗りされている(1991年/以下同)