補遺:四本柱の特高ガントリー

先日ご紹介した「特高ガントリー」の補足として、ひときわゴツい外観が特徴だった四本柱の鉄骨ガントリーをご紹介します。

これは沿線の変電所や特高開閉所から特高送電線への引込部や、特高送電線が架空線から軌道脇のトラフ収納などに切り替わる箇所に設置されたもので、特に後者は1970年代以降の高架工事等で沿線各所に出現したものです。しかし、既述の通り特高送電線自体が順次廃止され、現在では野田駅に残るだけとなっています。

現存する最後の「現役」四本柱ガントリー(野田駅)

阪神最後の特高送電線ルートである野田(特高開閉所)~淀川(変電所)間の終端部に設置。野田駅ホームの西端から眺められます(snowlavitさんの記事)。なお淀川駅側は四本柱ではなく、通常タイプの特高ガントリーを補強して使用しています。

補遺:四本柱の特高ガントリー

消えた四本柱ガントリー

これまでに姿を消した四本柱ガントリーの幾つかをご紹介します。特高送電線の撤去後された後、現在でも四本柱が残っている所もあります。

■岩屋~西灘

補遺:四本柱の特高ガントリー高架から地下線への切替箇所に設置されていた(1987年)。

補遺:四本柱の特高ガントリー現在も四本柱は残るものの、特高部分は撤去されている(2018年)。

■新在家~石屋川

補遺:四本柱の特高ガントリー東明変電所からの引込箇所。震災で高架橋と共に倒壊し撤去(「阪神大震災 新たなる出発 ドキュメント阪神電車の430日」より)。

■魚崎

住吉川左右岸線道路・六甲ライナーとの立体交差工事に伴い当該区間がトラフ化されたため、駅の東西に四本柱ガントリーが設置されました。

補遺:四本柱の特高ガントリー立体交差に先立ち設置された住吉川右岸の四本柱ガントリー。住吉曲線高架化に伴い撤去された(1988年)。

補遺:四本柱の特高ガントリーホーム東寄りに設置された左岸側の四本柱ガントリー(1990年)。

補遺:四本柱の特高ガントリー現在も四本柱は残るものの、特高部分は撤去されている(2018年)。

■青木~深江

震災で損傷した芦屋変電所の代替として建設された青木変電所からの引込箇所。

補遺:四本柱の特高ガントリー特高送電線撤去後も特高部の鉄骨が残っていた。東灘連続立体交差工事に伴い撤去(1999年)。

■深江~芦屋

芦屋変電所(震災被災により閉鎖)からの引込箇所。

補遺:四本柱の特高ガントリーちょっと分かりにくいが左奥が四本ガントリー(1985年)。

■西宮

西宮変電所(震災で倒壊)からの引込箇所。

補遺:四本柱の特高ガントリー本線とホームを跨ぐ大がかりな四本柱ガントリー。変電所からの送電線も物々しい(1992年)。

■甲子園

久寿川~甲子園間の立体交差工事(1986年)に伴うトラフ化で設置。その後の立体交差工事と甲子園駅改良で撤去。

補遺:四本柱の特高ガントリー甲子園駅の東方に設置されていた四本柱ガントリー(1999年)。

■鳴尾

鳴尾変電所(2000年頃廃止)からの引込箇所。

補遺:四本柱の特高ガントリー上下ホームをまたぐ幅広の四本柱ガントリーでしたが、鳴尾付近の連続立体交差工事により撤去(2003年)。

■尼崎~大物

尼崎変電所(1996年頃廃止)からの引込箇所。

補遺:四本柱の特高ガントリーこの辺りは送電線路の変遷が激しく詳細不明ですが、大物以東の連続立体(河川扛上)によるトラフ化で設置されたものではないかと。震災後の特高送電線廃止に伴い撤去(1991年)。

■大物~出来島

大物付近の連続立体(河川扛上)によるトラフ化で設置されたもの。

補遺:四本柱の特高ガントリー撮影時点(1988年)で既に特高送電線が撤去済み。

■千鳥橋~西九条

補遺:四本柱の特高ガントリー西九条変電所への引込箇所にあった四本ガントリー(1991年)。

補遺:四本柱の特高ガントリー特高ケーブル撤去後もガントリーは残存している(2018年)。

ざっとご紹介しましたが、全てのガントリーは網羅できていない上に、いずれもガントリーが「偶々」「隅っこに」写っているに過ぎず、大変見にくい写真ですがご勘弁ください(汗)。

補遺:2018/08/24 千鳥橋~西九条を追加

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この記事を書いた人 :

50過ぎたオッサン。90年代が阪神撮り鉄のピークゆえ、最近のネタには疎いです。

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