消えた車両シリーズ(3) 経済設計のジェットカー5261形(5261~5270)

冬の朝、ラッシュ輸送にあたる5261形(杭瀬・1989年)

神戸高速鉄道の開業を間近に控えた1967(昭和42)年に架線電圧が600Vから1500Vに昇圧され、その後に初めて登場した普通系車両(ジェットカー)が5261形です。奇数車M’c-偶数車Mcの2両ユニットで、集電装置と主制御器は偶数車に搭載されました。1963(昭和)38年に登場した7801-7901形では大量増備のためコスト削減を狙った所謂「経済設計」が取り入れられており、本車形においても同様とされ、車体裾Rの無い切妻車体となりましたが、乗降時間の短縮を図るため、側引き戸は従来のジェットカーに倣って開口幅1,400mmの両引戸が採用されています。

当初は非冷房で7801形同様にグローブ型通風器を搭載しましたが、昇圧後の登場のため集電装置は連結面寄りの1基となりました。台車は5231形以降の標準となった並行カルダン式のFS-343で、車輪径も762mmと急行系よりも小径です。1968(昭和43)年までに2両ユニット×5編成の計10両が製造され、最後の5270では無接点式の主制御装置が試用されています。なお本車形から全車が阪神傍系の武庫川車両工業(株)での製造となりました。

※1970(昭和45)年に冷房を搭載し車体設計を大幅に変更した続番の5271~5274が新造されましたが、この4両については別稿にて紹介いたします。

登場時の5261形(偶数車Mc)形式図(「日本民営鉄道車両形式図集・下編」鉄道図書刊行会より)

1971(昭和46)年には列車種類選別装置を取付け、1977(昭和52)~1978(昭和53)年には冷房化が行われ、分散式のユニットクーラMAU-13Hが搭載され、同時に列車無線がVHF方式に変更されています。この際に、主制御器が新5001形と同様の抑速付抵抗制御装置PE-30-A2(5270はPE-30-A3),制動装置はHSC-D電空併用・抑速付となりました。

5261-5262(1967/11/15竣功・1999/3/21廃車)

5263-5264(1967/11/15竣功・1999/3/21廃車)

5265-5266(1968/1/23竣功・1995/1/25震災被災により廃車)

5267-5268(1968/3/29竣功・1995/1/25震災被災により廃車)

5269-5270(1968/5/9竣功・1999/3/21廃車)

阪神大震災と5261形

そろそろ引退の時期も見え後継車の設計も始まった矢先の1995(平成7)年1月に阪神大震災が起こり、5261-5262+5263-5264が本線魚崎~青木間を下り普通列車として走行中に脱線、5265-5266+5267-5268が本線大石~新在家間を上り普通列車として走行中に高架橋の崩壊により脱線、また5269-5270(+5151-5152)は本線三宮駅3番線に留置中に脱線しました。5265~68は廃車となりましたが、残る6両は同年中に修理・復旧しています。

1995年1月の雪の朝。この数日後、5265~68は震災の高架崩落により脱線し廃車となった

青木復旧の日(1/26)、青木駅西方に留置されていた5264。右は青木で折り返す8000系、左手のバスは列車代行バスの係員詰所(1995年)

大石~新在家間の高架崩落により脱線した5265~5268(たけしさんのブログへ)

引退は空前絶後の6連ジェット

震災後も活躍を続けた5261~64と5269、5270でしたが、後継車5500系の増備に伴い、5311形2両と共に1999(平成12)年3月に引退しました。引退に際してはサヨナラ記念列車としてジェットカーの歴史始まって以来の6連で営業運行され話題になりました。

氷雨降る中を運行された前代未聞の6連ジェット(手前から5261-5262+5263-5264+5269-5270)

甲子園に停車中のサヨナラ列車。前頭にはささやかな記念副票が掲げられた

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この記事を書いた人 :

50過ぎたオッサン。90年代が阪神撮り鉄のピークゆえ、最近のネタには疎いです。